世界の長編小説に挑む!

燃えあがる緑の木(全3巻)

大江健三郎 著
新潮文庫

 日本を代表するノーベル賞作家、大江健三郎の『燃え上がる緑の木』は、四国の谷間の村を舞台に、ある新興宗教団体の興亡を描いた長編三部作です。奇跡的なヒーリング・パワー(治癒力)を持つ「ギー兄さん」という人物を教祖として信者が集まるのですが、地域住民やマスコミがそれを狂信者集団として批判し、教団側はそういった世間の非難のせいでかえって結束を固めていきます。しかし、教祖である「ギー兄さん」は自分が「救い主」であるとは決して自認せず、将来現れるべき本当の「救い主」に繋がっていくべきものとして自らを規定し、教団があまりに大きな組織になることを恐れます。そして彼が過激派に襲われて死んだとき、教団の人々は「みんなひとりひとりになって」「おのおのが辿りつく場所で、一滴の水のように地面にしみこむ」ことを目指して行進を始めます。

 この作品は地下鉄サリン事件の直前に完結したので、小説が事件を「先取り」した、というような印象を世間に与ました。しかし、これは、小説こそ「魂のこと」を考えるための場であると考える作家の、長年の思索の成果として生み出されたものです。

(沼野充義)