世界の長編小説に挑む!

明暗

夏目漱石 著
新潮文庫など

 物語は主人公の「津田」が、医師に厄介な病気(恐らく痔)である事を告げられ、浮かない気分で家に帰ってくるところから始まります。津田にはお延という妻がいますが、結婚前に清子という恋人がいました。清子は何も告げず津田のもとを去ったのですが、彼は今でも密かに未練を抱いています。三角関係の物語かと思いきや、清子はこの未完の小説の最後の方まで登場しません。その間、津田を巡って様々な人物が登場し、彼の内面で起こっている事を浮き彫りにしていきます。これら登場人物は皆「キャラ立ち」しており、その彼らが右往左往する様は、まるで舞台の群像劇を観ているようです。その中で、妻のお延は清廉な印象を放ちます。夫が昔の恋人に未練を抱いているという、恋愛小説であれば脇役とも言える立場ですが、漱石はお延をとても魅力的に描いています。美人ではないが、すらりと背が高く、面長で、弧を描いた美しい眉をしている。そして「目から鼻に抜けるような」彼女は二十歳そこそこ、年上の津田のことを全身全霊で愛しているのです。

 津田が清子に会いに行くところで物語は突然終わります。漱石が病没したためです。「この後どうなるの?!」と誰もが思うところですが、漱石は私たち読者に想像する自由と楽しさを残してくれたのかもしれませんね。

(ムーディ美穂)