世界の長編小説に挑む!

無情

李光洙 著(波田野節子 訳)
平凡社

私たち人間は、「情」を無くして生きられるでしょうか。感情を持たないことが可能だとすれば、苦しみも、悲しみも、耐え難い出来事からも、一切の苦痛を患うことなく「無」になれるのかもしれません。

朝鮮の近代長編小説として脚光を浴びた李光洙の『無情』は、朝鮮総督府の機関誌『毎日申報』に1917年に連載され、当時の啓蒙思想を進展させました。

『無情』の主人公・李亨植イヒョンシクは、平安道出身で孤児として育ちました。その後苦難を乗り越え、東京での留学を経てました。優秀な英語講師となった亨植は良家の娘の金善馨キムソニョンの英語指導を経て婚約し、米国留学を控えていました。しかし、亨植の心には恩師の娘で妓生となったもう一人の美しき女性朴英采パクヨンチェが完全に消えることはなかったのです。英采の消息が途絶えたことを受け、恩師の墓の前で見え隠れする非情なまでの彼の感情は、一体どこから湧き出てくるのでしょうか…。揺れ動く朝鮮の時代のなかで交差する人間の深層心理を如何に読み解いていけるのかがこの作品を読み解くキーとなるでしょう。

『無情』は有情と無情の狭間にある人間の複雑な心の葛藤を描いた作品です。朝鮮の近代化のなかで揺り動く人間関係に注目して読んでみてください。

(齋藤絢)