世界の長編小説に挑む!

響きと怒り(上・下)

フォークナー 著(平石貴樹 訳)
岩波文庫

 謎が謎を呼ぶ物語。一体、何がどうなっているのか。ミステリーを読み解くようにして、出来事の全体像を把握すべく、パズルのピースをひとつひとつ繋ぎ合わせていく感覚が、この本の醍醐味でもあります。フォークナーは、「失われた世代ロストジェネレーション」と呼ばれる作家のひとり。十代後半の多感な時期に、第一次世界大戦が勃発した世代です。この物語のベースには、喪失と崩壊の感覚があり、どうにかして「秩序」を回復させたいという、それぞれの登場人物たちの哀しいまでの執着が、一人称の「わたし」の語りによって浮き彫りになります。実はこの本は、アメリカ南部の旧家、コンプソン家の三人の息子たちが順番に語り手となって物語を紡ぎ、1928年の復活祭イースターの4日間に起こった出来事が、多角的な視点から明らかにされるという仕組みになっているのです。しかし最後にはやはり、フォークナーは客観的な視点を導入して、コンプソン家の使用人である黒人女性の1日に密着。そして本のタイトルは、シェイクスピアの悲劇、『マクベス』の一節に由来します。モダニズム小説の金字塔と目されるこの作品は、さまよえる若者たちの魂の物語でもあります。

(梅垣昌子)