世界の長編小説に挑む!

ねじまき鳥クロニクル(全3巻)

村上春樹 著
新潮文庫

 村上春樹は世界の五十か国語あまりに翻訳され、国際的な人気が圧倒的に高い作家です。人気作品はいろいろありますが、『ねじまき鳥クロニクル』は代表作の一つです。作家自身の言葉で言うところの「デタッチメントからコミットメントへ」という変化が、この作品ではっきりと示されています。村上春樹はここで、自足的な面白い読み物の領域を抜け出して、その外のより大きな世界の謎に積極的に向き合うことのできる大きな作家であることを示しました。

 主人公は1980年代の東京・世田谷区に住む、岡田亨という三十歳の平凡な男です。しかし、不思議な電話がかかってきたり、妻クミコがある日突然失踪したりという謎めいたことが次々に起こり、彼は妻を取り戻すために井戸の底から異界に乗り込んでいき、いつしか小説の舞台は時空を超えていきます。そして現代日本の表層が、じつは底知れない闇をその下に抱えていて、それが歴史の闇――たとえば満州やモンゴルでの戦争、あるいはそこに秘められた巨大で根源的な悪や暴力――につながっていることが示されるのです。スリリングな冒険小説であると同時に、シリアスで野心的な「総合小説」と言えるでしょう。

(沼野充義)