世界の長編小説に挑む!
懐かしの庭(上・下)
一つの大きな時代が終わり、平凡な時代になってから過去の出来事を振り返る中で、「あの時代の選択は正しかったのか?」と、常に問わざるを得ない時代を歩んできた韓国社会。激動の近現代史を歩みつづけてきた朝鮮半島は、数多くの文学作品を通じてこうした問いを投げかけてきました。日本の植民地支配、植民地から解放、南北分断と朝鮮戦争、休戦がもたらした軍事独裁政権期。常に権力に抑圧されてきた歴史の中で民衆・市民が抵抗を続け、ようやく終止符を打った「民主化」。
二〇〇〇年にこの世に出た『懐かしの庭』は、一九八〇年の光州で、政治犯として逃亡中だったヒョヌと彼をかくまったユニの物語であり、その後一七年間刑務所に収監されたヒョヌに、手紙を書き続けてこの世を去ったユニの物語でもあります。あの時代を「抵抗の時間」として歩まざるを得なかった人々の中で、ほんの一瞬でもありえたかもしれない「やすらぎ」や「平穏」の瞬間を過ごした二人。日本の読者は「個人の経験」を通じて、改めて「歴史」の中での「痛み」を共有することができるのだと思います。
八七年の民主化への原動力をともなった「光州事件」は多大な犠牲をもたらしましたが、この「光州事件」は軍事独裁政権側の名称であり、独裁政権と闘った民衆・市民の側からすれば「民主化運動」でした。この「光州民主化運動」ほど数多くの小説や映画で描かれたテーマはありません。同じテーマに触れた名作『ペパーミント・キャンディー』も、二〇〇〇年に公開され、『懐かしの庭』とともに豊かな消費社会になった「この時代」から「あの時代」の意味を問うています。
(福島みのり)