世界の長編小説に挑む!
アンナ・カレーニナ(全4巻)
十九世紀後半のロシアを舞台に、不倫の恋に落ちた一人の貴族女性の悲劇を描いた小説。ロシアを代表する文豪レフ・トルストイの傑作です。外見的には、今日でいう「不倫小説」ですが、物語の奥行きは計り知れず深く、禁断の愛に引き裂かれた聡明な女性の心の襞と彼女をとりまく社会の冷酷さを具さに描きだしていきます。社交界の花形で、有名貴族の妻アンナは、夜行列車でモスクワに着いた日の朝、駅頭で轢死事件に遭遇し、そこに居合わせた青年将校ヴロンスキーと出会います。たちまち恋に陥った二人は、社交界の目を憚ることなく愛を謳歌しますが、アンナの夫カレーニンは、世間態を考え、黙認の態度をとります。やがてアンナは身ごもり、懊悩と葛藤の日々が訪れてきます。大土地経営に乗り出したヴロンスキーとの間にも隙間風が吹きはじめます。こうして、嫉妬、猜疑心にも苦しめられ、徐々に精神的に追いつめられたアンナは、ついに鉄道自殺によってすべての清算をつけるのです。物語は、資本主義勃興期のロシア社会の混乱を背にさまざまな人間模様を描きだしていますが、読みどころは、何といっても自死にいたるアンナの苦悩と狂気です。フローベール『ボヴァリー夫人』と並ぶ、19世紀のヨーロッパ文学が生んだ「恋愛小説」の古典ですが、人間洞察の深さでは、こちらに軍配が上がるかもしれません。小説の冒頭の一文「幸せな家族はどれもみな同じようにみえるが、不幸な家族にはそれぞれの不幸の形がある」がとても有名です。
(亀山郁夫)